« 前のエントリー | main | 次のエントリー »


今回も
Wikinomics: How Mass Collaboration Changes Everything」について解説する長期連載の続きをお送りする。Don Tapscott 氏著の300ページに達する大作の考察も今回で第5回目となる。今回の話題は新アレクサンドリア文化だ。

最初に背景について触れておく。アレクサンドリアの図書館が西暦642年に焼失したとき、そこには50万冊以上の蔵書があった。これは、当時としては驚異的な数だ(これに対し、西暦1500年時点での世界最大の図書館の蔵書はわずか1000冊に過ぎない)。同図書館の蔵書は共有名目で(明らかに強制的に)集められた。アレクサンドリアを訪問する人は、携帯している書籍をすべて書記に複写させる義務があったのだ(これらの訪問者には、原本が返却されるときもあれば写本が返却されるときもあった。人生そのようなものである)。その集大成が、各種研究の出発点となる壮大な公共情報資源だった。

だから? 

Don Tapscott 氏は、われわれが向かうのは研究データが秘蔵されるのではなく公に共有される新アレクサンドリア時代だと考えている。実際的な企業は利他主義の攻撃に屈しつつあるのだろうか? 利他主義者に勝利はあるのだろうか? 以下の考察をお読みいただきたい。

大変な努力の末に入手したデータを公共利用可能なデータベースに寄付する理由としては利己的なものも複数ある(ことが分かっている)。第一に、自分の必要なデータセットが自分だけで用意するにはコストがかかりすぎる可能性もある。全部を入手したいのなら、同じ考えを持った人々と協力し、それぞれが少しずつ用意するのも理にかなう。次に、競合各社がデータセットの一部を発見した時点で特許を取得してしまう懸念もあるだろう。だが、もし同分野のライバル全員が同じ懸念を抱いている(つまりデータのなかの高収益部分が利用できなくなるのを全員が恐れている)なら、新しいアレクサンドリア文化が確立される可能性がある。

最後に(ただし、これはほかの2つの理由がうまくいくとの条件でだが)、データセットの「上で」活用できる競争優位点がある、つまり、これを使えばほかのだれにも作れない製品が作れるとの確信が必要になる。対照的に、もしそのデータ自身が固有の競争優位点であるなら、物惜しみしない気持ちになる可能性は低い。

例を示す。ヒトゲノムプロジェクトでは、主要医薬関連企業が集まってヒト遺伝子解析に向けた画期的協調作業が始まった。大手製薬会社である Pharma は前述の3つの理由すべてをそろえた(また、これは重要かつ難しい洞察力だったことだろう)。特に、ヒト遺伝子が固有の競争優位点ではなく、創薬(同社の中核業務)のための情報の1つになるという認識だ。

考えてみると、オープンソースプロジェクトにもアレクサンドリア文化の趣がある。Linux の例を見ると、IBM だけでも数百人のプログラマーが一生懸命に開発を進めているが、それでもこれはライバル各社に無償で提供されている。(Linux に貢献するほかの企業各社同様) IBM Linux を、それ自体が価値を持つものではなく、その上でほかの価値を生み出すことのできるインフラだと考えている。

これでお分かりいただけたことと思う。Don Tapscott 氏はこれを「前競争的情報共有地
pre-competitive information commons)」(いまひとつ物足りない専門用語だ)と呼んでおり、それは実際的なビジネス上の計算の産物である。ヒッピーでなくとも気に入るはずだ。

次回は参加プラットフォームについて解説する。