MIT(マサチューセッツ工科大学) の Human Dynamics Lab が、直接会ってお互いに紹介し合ってから会話を始めるという、人類の歴史そのものと同じくらい古い形式のソーシャルネットワーキングに取り組んでいる。ユーザーは、お互いの距離(お互いの関係度合いを示すのに優れた指標だと思われる)を計算するバッジを装着し、会話を録音し、動きをトラッキングする。MIT の企業スポンサーと大規模な会議を開いたところ、(1日を通して知り合う人が増えたことで)ネットワークが着実に広がったことがバッジから明らかになった。なかには、人類の限界に挑戦すべく「最高人脈賞」の獲得を目指して競い合う人たちもいたほどだ。

だから? 

この調査の結果から、自己紹介の内容をmyFacebook (米国SNS)アカウントに直接フィードするデバイスの開発も考えられる。こうなると、(SNSにおける)自分の「友だち」リストが途方もなく爆発的に拡大するかもしれない。しかし、これは単に便利なだけに過ぎない。この技術によって実現しうる本当の革命は録音、筆写、そして会話の記録を後世に残すことだ(あるいは来週でもよい。妻から聞いた誕生日に欲しいプレゼントを思い出すのにも役立つ)。

技術的にも社会的にも異論はある。1)「(音声の)自動書き取り(機能)はほぼ実現不可能」だ。確かに、(現状)技術は100%の精度を出せていないが、たとえ部分的に正確な筆写でも、一生分のビデオクリップを探すには便利だ。2)「これは他人(そして自分)のプライバシーの侵害」だ。そうかもしれない。しかし、任意で、互恵的で、公のものである限り、プライバシーの問題が発生するとは思えない。3)「大切にされる西洋文化の規範に反する」。 まあ、そうかもしれない。しかし、大切にされる西洋文化の規範について言わせてもらえれば、これらは変化するものだ。

たとえば、飲酒運転は約20年前までは米国では一般的に許容されていた(笑いの種にさえなっていた)が、Mothers Against Drunk Driving (MADD)が広告や唱道活動を通じてこれを正した。また、もちろんインターネットにだって筆者に追い切れないほど新たな規範を作り出した責任がある。われわれはこれらを採用し、その後遺症として(ほとんど気付かないうちに)規範も変わった。

したがって、(インターネット同様に)個人をうまく監視するのに必要な規範は、おそらく技術自体の可用性によって流れが決まっていくだろう。超小型カメラや極小メモリパッケージのようなハードウェアは、お決まりのムーアの法則の速度で改良が進んでいる。何年かすれば、襟に付ける飾りピンでも自分に起こるすべてのことを何週間分も録音できるようになる。センスのいい外観(この部分は何にでも「i」を付けるのが得意な Steve Jobs 氏におまかせする)を持たせ、優れた広告キャンペーンを展開すれば、このようなデバイスは飛ぶように売れるだろう。そして、われわれはそれに応じて、大切にしている文化規範を何も考えずに変えることだろう。いつもそうしているように。


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