得体の知れない情報(?)との向き合い方 (2008年09月17日)
少し前の話になりますが、有害サイト規正法案が参議院で可決され日本新聞協会やネット事業者が反対声明を出すなど話題になりましたね。また、先日携帯ショップに行ったのですが、未成年者向けのフィルタリングサービスについての注意書きがあり、親の同意が無ければ未成年者にはフィルタリングサービスが適用されるという事が書いてありました。
Webの普及によってそれを利用した犯罪が急増してきたので、フィルタリングは特に子を持つ親にとっては安心感の持てるサービスなのかもしれません。
でも、それで本当に安全ですか?
近年のWebの普及によって、情報量が急速に増加したため、扱い方を考えるよりも先に大量の情報が入ってきてしまい、危険かどうかも含めてあまり深く判断しないまま受け入れてしまうようになり、結果としてWebそのものが「得体の知れないもの」という印象が根付きました。
とはいえ、臭いものには蓋をしろ的な考え方で、一方的にシャットアウトしてしまうのは一見安全のように思えますが、提供する側の安全印がついた情報だけを受け入れることで情報に対する受身体質を助長し、(情報に対して)自分で考え判断していくという事が薄れてしまいます。
また、規制して防いだところで、(人間の心理として隠されたものほど気になるもので)必ず「抜け道」が作られ、防ぎきる事はほとんど不可能です。そうなると、規制して多少のリスクは減りますが、危険な事にはなんら変わりはなくなってしまいます。
それを回避ためには、臭いものには蓋をしろではなく、本当に臭いものなのか、(臭いとしたら)何故臭いのかを自分で考えて判断させ、情報と上手く向き合えるようにすることが大事です。そうならなければ、いつまでたっても情報は「得体の知れないもの」のままですし、本当の意味で活用できなくなってしまいます。
大量の情報が入るようになったことで、単に危険度だけが増したわけではなく、色々な可能性も広がってきたという認識をもち、情報と上手く付き合い自分の考え方の幅を広げるチャンスと捕らえ、上手く活用することが安全への近道ではないでしょうか。
林田 宏介

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