あなたたちの作品は大好きだが、あなたたちには存在して欲しくない(少なくともわたしたちと同じようには) (2008年06月06日)
[この論説/アート・カルチャー研究は、Gay Pride Month (6月)を認め、祝うものである]
以前から、平等とそれを構成するものについては、各方面で多くの議論が続いている。われわれの多くが耳にしたことがあるように、物事は変化すればするほど、その本質は同じであり続けるのだ。アメリカ合衆国憲法にうたわれている平等、生きる権利、そして全員に与えられた基本的恩恵を平等に享受することは難しいことではない。
しかし、ここ最近は平等な自由、結婚の概念、そしてその厳密な意味を巡って抗議の嵐が吹き荒れている。米国市民は全員が愛する人と結婚する固有の権利を有しているのではないのか? この権利を持つには特定の少数によって定められ、われわれ全員が従わなくてはならないルールあるいは規範がなくてはならないのか? また、もしその権利がないのなら、われわれはアメリカ人あるいは人間以下ということか? 悲しいことに、筆者は次第にそうであることを認識しつつある。
もちろん、筆者が述べているのは全員の結婚の自由についてだ。一部にとっては、さほど大きな問題だとは思えず、問題にさえならないのかもしれない。しかし言わせていただきたい。異なる種類の人々に溶け込み、一緒に食卓につけるよう一生を捧げて努力してきた人間にとっては大問題なのだ。
[ご存じでない方のために加えると、カリフォルニア州最高裁判所は先ごろ、同性との結婚を否定する州法は憲法違反だとの判決を下した。同最高裁判所は判決のなかで、同棲関係や同性間結婚を認めても、結婚の権利を完全に認めないものは平等ではなく差別的だと考えられるとした。「Protection of Marriage」では、憲法の表現を文字通り変えて「結婚とは1人の男性と1人の女性の結合と定義する」という内容を反映させることを問う11月の表決に向け、可決に十分な署名を既に集めている。もしこれが可決されれば、これが州憲法に組み入れられ、変えることは極めて困難となる。]
この論説/アート・カルチャー研究は、Gay Pride Month (6月)を認め、祝うものである] 以前から、平等とそれを構成するものについては、各方面で多くの議論が続いている。われわれの多くが耳にしたことがあるように、物事は変化すればするほど、その本質は同じであり続けるのだ。アメリカ合衆国憲法にうたわれている平等、生きる権利、そして全員に与えられた基本的恩恵を平等に享受することは難しいことではない。
しかし、ここ最近は平等な自由、結婚の概念、そしてその厳密な意味を巡って抗議の嵐が吹き荒れている。米国市民は全員が愛する人と結婚する固有の権利を有しているのではないのか? この権利を持つには特定の少数によって定められ、われわれ全員が従わなくてはならないルールあるいは規範がなくてはならないのか? また、もしその権利がないのなら、われわれはアメリカ人あるいは人間以下ということか? 悲しいことに、筆者は次第にそうであることを認識しつつある。 もちろん、筆者が述べているのは全員の結婚の自由についてだ。一部にとっては、さほど大きな問題だとは思えず、問題にさえならないのかもしれない。
しかし言わせていただきたい。異なる種類の人々に溶け込み、一緒に食卓につけるよう一生を捧げて努力してきた人間にとっては大問題なのだ。 [ご存じでない方のために加えると、カリフォルニア州最高裁判所は先ごろ、同性との結婚を否定する州法は憲法違反だとの判決を下した。同最高裁判所は判決のなかで、同棲関係や同性間結婚を認めても、結婚の権利を完全に認めないものは平等ではなく差別的だと考えられるとした。「Protection of Marriage」では、憲法の表現を文字通り変えて「結婚とは1人の男性と1人の女性の結合と定義する」という内容を反映させることを問う11月の表決に向け、可決に十分な署名を既に集めている。もしこれが可決されれば、これが州憲法に組み入れられ、変えることは極めて困難となる。]
