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「クラウドコンピューティング」がくだらない理由ちまたは「クラウドコンピューティング」という、IT の専門用語を混乱させ、最も大きな問題を抱えた最新の主要商売用語の話で持ちきりだ。筆者が、この言葉の使用をやめるべきだと思う理由を以下に示す。
「クラウドコンピューティング」は、人々を混乱させる。IT 業界のほぼ全員が「クラウドコンピューティング」を各所で使いたがっているようだが、その意味を知らなかったり、定義が一致していない。 「クラウドコンピューティング」はこれまで、グリッドコンピューティング、ユーティリティコンピューティング、サービスとしてのソフトウェア(SaaS)、インターネットベースのアプリケーション、自律コンピューティング、ピアツーピア(PtoP)コンピューティング、そしてリモート処理を意味していた。この言葉を使うとき、大半の人はこれらの見解のうち1つを念頭に置いているが、聞き手側は別のことを考えている場合がある。 「クラウドコンピューティング」は誤解を招く。実際は全く新しくないにもかかわらず、マーケティングの専門用語としては何か新しく、さらに良いことが起こっているように思わせていた。そう、新技術が四六時中発生するのだ。 しかし、新技術を「クラウドコンピューティング」の名の下に同化させても、そのカテゴリー内の古いものが新しくなるわけではない。また、技術系の人と非技術系の人とのコミュニケーションを「曇らせ」てしまう。前者はたいてい、「クラウドコンピューティング」にはほとんど意味がなく、最近のネット上で起こっていることほぼすべてを描写し、あらゆる状況に対応できる言い回しであることを理解している。しかし、後者は、それがもっと具体的な何かであると仮定する傾向にあることに筆者は気付いたのだ。 「クラウドコンピューティング」は余分だ。「Web 2.0」や「仮想化」といったほかの専門用語と異なり、この言葉は何か新しいものを描写したり、漠然としたものを明確にするため、必要に迫られて作り出されたものではない。全く逆なのだ。これは何か古いものをもう一回上塗りし、具体的で、良く理解された技術を漠然とさせるために作り出されたものだ。 「クラウドコンピューティング」は危険だ。商売用語として便利なだけで、良識を無視するために売ろうとしているものに振りかける魔法の粉だ。 「クラウドコンピューティング」というフレーズは、ネットワーク図のなかで、複雑過ぎて描写できないプロセスや、ほかが管理するシステムを表すのに利用する雲形の共通記号に由来する。これは、自分たちの理解や制御のおよばない「ブラックボックス」を表している。 つまり、「クラウドコンピューティング」の「クラウド」は、無知を表しているいのだ。そして、この無知が「クラウドコンピューティング」のメリットの1つとしてしきりに宣伝されているのだ。 企業が「クラウドコンピューティング」を大きく宣伝するときは、無知は無上の喜びである、という考え方を売り込んでいるのだ。その小さな頭で考える必要はない。われわれにすべて任せなさい、と言っているのだ。 企業各社が輝ける新しい世界だと思いこんだ「クラウドコンピューティング」に大きな期待を寄せ、安心感を抱くようになり、最終的に採用すると、すべての信頼性が低下していく。たとえば、1つの Web ページが複数の「クラウド」コンポーネントで構成されているとする。1社がストレージ、もう1社がアプリケーション、そしてまた別の1社がサイトの測定機能を提供している。もし何か1つ不具合が発生すると、すべてがダメになる。クラウドコンピューティングは、不具合を起こす可能性のあるものの数を単純に増やしているのだ。 そして、これらは確実に不具合を起こす。ここ数週間の間も、GoToMeeting、Amazon の EC2、S3、SiteMeter、Gmail、Netflix、そして MobileMe が、それぞれ大規模な障害に遭遇している。 インターネットベースのサービスの障害の発生頻度と持続時間の両方が増加していると思うのは至極当然だ。これら複数のブラックボックスコンポーネントがますます複雑化することは、何かに問題が起こる可能性も高める。 筆者は先ごろ、自分の PC の中にあるものすべてを「クラウド」(ここはインターネットと書くべきだった)に移行しようとした。最近の記事や各種コンテンツは Gmail オンラインや Google Docs を使い、デスクトップ版の代わりには Plaxo、Jott、Google Calendar などを使おうとした。だが先日の出張先で、筆者は飛行機の機内でやりかけの仕事に一切アクセスできなくなり、窓の外の「本物の雲」を見る以外に何もできなくなってしまった。全くアクセスができないというのは「クラウドコンピューティング」にとって最悪のシナリオであり、そうなるともうどうしようもない。 (もちろん、アクセス不能に陥ったのは、オンラインアプリを過信し、予備のコピーをすべてノート PC に入れておかなかった自分のミスだ。断っておくが、筆者が最も不満に思っているのは「クラウドコンピューティング」のフレーズであって、その誤用ではない。) 世の中には「クラウドコンピューティング」に何らかを意味を持たせ、これを使いものになる概念にしようと本気で精を出す科学技術者やアナリストもいる。彼らの気力には感心する。そして彼らの何人かからは、「クラウドコンピューティング」は有意義で便利な用語だとする嫌がらせのメールが必ず筆者の元に届くだろう。「クラウドコンピューティング」の専門家が筆者に同意してくれなくても関係ない。重要なのは、彼らの中でも意見が一致していないという事実だ。それも、この問題の一部なのだ。 「クラウドコンピューティング」という商売用語は消えるべきだ。これはあまりにもひどい混乱を招き、誤解を招き、余分で、危険なのだ。 関連記事 最新トップニュース
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