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2009年7月6日 11:30

優秀なソフトウェア開発者となるために学歴は必要か?

著者Eric Spiegelオリジナル版を読む海外海外発
● どこの学校に行ったの?

筆者は、自分の開発チームに加わった新しい同僚と昼食をとりながら雑談をしていた。Danny は、ツナサンドを紙袋に入れたまま口にほおばり、それをかみながら口をもごもごさせ、「オハイオです」と答えた。

筆者は感心して、「へえ、オハイオ州立大か。コンピュータサイエンス学部が良いよね」と言った。

Danny は食べ物を飲み込みながら困惑した表情を見せた。

「州立大? 違います。大学には行ってません。大手の保険会社に勤務していて、そこが高卒社員にシステム運用担当者になるためのコンピュータトレーニングプログラムを受けさせてくれたんです。コーディングは独学です」というのだ。

そのとき、筆者の口からは「えっ」くらいの言葉しか出てこなかった。筆者は理系の大学を卒業していないソフトウェア開発者と一緒に仕事をしたことがなかった。音楽や文学の専攻は数人いたが、副専攻はコンピュータサイエンスだった。

それが大学さえ卒業していないだって? 筆者は技術的な面で横柄になっていたのだろうか? それとも、正式な訓練を受けていない人の能力を懸念するのは十分根拠のあることなのだろうか?

当初はあぜんとして言葉を失った筆者だったが、実際には、Danny がソフトウェア開発の「手法」だけでなく情報システムの各種分野に関する正式な訓練を受けていたことがすぐに分かった。彼は当初、自宅で本を読んだり、独自のプロジェクトに取り組むことでさまざまな経験を積んだのだ。

前職では、オペレーションを卒業してエントリーレベルのソフトウェア開発ができるようになり、数年前からその作業に従事している。つまり、Danny は実社会でコーディングに関する豊富な経験を積んでいたのだ。

しかし、コードが書けるというだけで最高レベルの知識を持つチームメンバーの限界を超えるような最先端のミッションクリティカルなプロジェクトに参加する真のソフトウェア開発者と呼ぶことのできる熟練コーダーになるわけではない。

その後、数人の同僚と筆者がビールを飲みながらこの話をしていたとき、その皮肉な事件は起こった。

筆者は信じられないといった声で、「Danny が大学出じゃないなんて信じられるかい?」と言った。

すると、そこにいた1人が「うそだろう!給料が一緒だったら怒るぞ」とまくしたてた。

筆者はこのような反応は予想していなかったが、本当のことを言うと、筆者もその場の全員と同意するようにうなずいた。

すると、そのうちの1人で筆者が極めて生意気だと思っていた Vlad が、「じゃあ Spiegel、君の専攻は何だっけ?」と大声で聞いてきた。

筆者は、「情報科学だよ」と答えた。

すると彼は大声で笑い、「まさにソフトウェア開発者の資格を語るだけあるね」と言ってきた。

筆者は口ごもりながら、「どういう意味だい、Vlad?」と尋ねた。

すると彼は、「それだけで、全米の上位5校に入る大学でコンピュータサイエンスを専攻したボクと同じように非常に複雑なソフトウェアを開発する資格が自分にあると本当に思っているのかい?」と聞いてきた。

筆者はだんだん興奮してきて Vlad をにらみ返したが、議論を仕掛けて墓穴を掘った責任は筆者以外のだれのものでもなかった。筆者は気持ちを落ち着かせると、「Vlad、君が優秀なのは皆知っているよ。でも、ボクのコードが君と同じくらい優れていることは君も分かっているはずだ」ときっぱりと言った。

Vlad は筆者の目を見返して笑みを浮かべながら、「だったら、決めつける前に Danny がどんなコードを書くかまず見ようじゃないか?」と言った。

これは、筆者がてっきり自己中心的だと思っていた人物から学んだ思いがけない教訓だった。筆者は、「ああ、そうだね」程度のことしかつぶやけなかった。だが、そこで幸運にもだれかが Powerbuilder という革新的な新言語に話題を移してくれたのだ。

実を言うと、Danny の書いたコードを初めて評価したとき、われわれは全員がそれに感銘を受けた。会議室を出るとき、Vlad は何も言わずに筆者を見て笑っていた。

筆者はここ数年間、どこの大学で何を専攻したのか、もしくは大学を卒業したかどうかによって必ずしも差が生じるわけではないことは幾度となく学んだ。学校教育は、責任感、労働観、ましてや知能のレベルを正確に示すものではない。

筆者は、単に金銭的な理由などで学校教育を受けていなかったり一流校に行っていないにもかかわらず非常に頭が切れる開発者に数多く出会ってきた。

あるいは、高校卒業後の進路を良く考えていなかった晩成型であることも多い。そして、我慢して必死に勉強した努力の結果、ソフトウェア開発という素晴らしい業界に入ってきたのだ。

ならば、業務要件を満たす人物を捜しながら履歴書の山を見ていて筆者がまず最初に目をやるのが出身校なのはなぜだろうか?

実際のところ、履歴書に目を通すときは何かを基準に取捨選択と分類を行う必要がある。90年代後半の好景気の時は、コンピュータに関心があって人間だったらだれでも採用していた。しかし、今のような景気後退期になると、1人の募集に膨大な数の応募がある。

● 開発者と学歴と労働市場

学歴が加重格付けのどこに位置づけられるかは議論が必要だ。筆者の場合は単に出身大学が気になるのだ。これはしょうがない。

また、同じことをする別のマネージャーと話をしたこともあるが、彼らは期せずして全員が大学だけでなく大学院も卒業しているのだ。

なぜこのようになるのだろうか? もしかしたら、われわれは自分たちと同様の学歴を持つ似たような人材を探しているのかもしれない。もしかすると、自分たちが学校教育を受けて成功してきたので、ほかの人々もそうなるという確信があるのかもしれない。

大学を卒業したことは1つの証明になる。彼らには学習に対する熱意と能力があるのだ。しかも、その対象は「case」文や配列だけではないのだ。

大学を卒業することにより、彼らは歴史、芸術、文学といったほかの学問に触れる機会にも恵まれた。筆者が大卒の方を好むのは、彼らの幅広く多彩な学歴が、同じ学歴を持たない者には不可能なクリエイティブなソリューションの着想につながるからだ。

こうすると大卒以外は不当に履歴書をはじかれてしまうのだろうか? これは学歴の低いものに対する差別の一種なのだろうか?

筆者には、ここですべての答えを出すことはできない。今後、筆者が人事に人材採用願いを出すときに「大卒以上」の項目を削除する可能性は低いだろう。

これは将来、筆者がこれまで一緒に仕事をしたなかで最も優秀な開発者の1人である Danny のような開発者が、大卒でないということで人事の段階ではじかれてその履歴書がまわってこないことを意味する。

それは単純明白に筆者の損失であり、他人の利益なのだ。

参考1:Where's Your Coding Happy Place?(コーディングはどこでする?)

参考2:My Three Worst Experiences in Software Development(ソフトウェア開発における最悪の経験トップ3)

著者紹介:Eric Spiegel は、Citrix などの各種仮想化プラットフォームのプランニング、管理、および監査を行うソフトウェアを販売する XTS の共同創業者兼最高経営責任者(CEO)。

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