夫婦になる時自分の家族が転職しようとしている時、どんなサポートをするのが適切なのだろうか。コネを紹介する、話を聞いてあげる、なるべく放っておく…、対応は様々だと思う。すんなり決まってしまう転職なら、それほど気を使うこともないだろうが、切羽詰まったところに追い込まれた身内がいると、よどんだ空気は家のなかにも浸入していく。
建築会社で経理をしていたSさん(31歳)は、自分の転職を振り返って「女房の支え…、というか、夫婦間の関係がキーポイントだったような気がします」と語った。 Sさんは辞表を提出してから転職活動を始めた。退職までは1ヶ月以上の時間があったので、「決して楽ではないだろうが、これまで真面目に仕事をやってきたのだから、拾ってくれる会社が見つかるだろう」と、楽観的な見通しを持っていた。しかし、退職日になっても、内定はおろか面接にもなかなか呼ばれない有様だった。 当時、まだ新婚同然だったSさん夫婦。奥さんは焦りだしたSさんを見て、なんとか力になりたいと、毎日、職安や人材紹介会社に出掛ける夫のためにお手製のお弁当を作り、昼間の空き時間には、新聞で見つけた転職に関係する記事を切り抜いて、ファイリングしていた。 だが、こうしたかいがいしい奥さんの行動は、いつしかSさんにとって、強い圧迫に変わっていった。言いようのない焦燥、無力感、罪悪感…。 堪えきれなくなったSさんは、奥さんに言った 「いろいろしてくれるのは嬉しいけれど、かえってプレッシャーになるから、普段通りにしてくれればいいよ。それから転職のことばかり考えてると、ストレスになるから、家の中ではその話はしたくないんだ」 奥さんは「せっかく、力になりたいと思って頑張っているのに…」と内心、不満に思いながらも、とにかくSさんの気持ちを第一に考え、言うとおりにすることにした。 だが、普通に振る舞おうとする奥さんの姿は、余計にSさんをイライラさせてしまうことになる。 テレビで「経営不振のため、人員削減を…」「今月の雇用統計によりますと…」というアナウンスが聞こえるたびにサッとチャンネルを変える、最終面接から帰ってきた日は、決して「今日はどうだった?」とは聞かないが、ソワソワして何か言ってくるのを待っている様子がありありと伺える、働いている友人から電話かかってくると部屋にこもってこそこそと話す…。 酒が入ったある晩、ついにSさんは爆発した。 「お前は、どうして普通にするってことが出来ないんだよ!」 「あなたは、私の我慢を全然わかってない。もう、いい加減、こだわるのは止めて、現実的な選択をして!」 「これ以上、何を妥協しろっていうんだ?今さら経理以外の仕事をさがせっていうのか?それこそ、荊の道だ」 Sさん夫婦は大ケンカの末、いったんは口もきかないような冷め切った状態になってしまった。 ふたりが歩み寄り、お互いの気持ちを尊重できるようになっていくまでに数日間を要した。だが、夫婦の関係が新しいものになったことは、Sさんの転職にも変化を与えた。 それまで気負いが目立っていたSさんの面接は、落ち着いたゆとりのあるものに変わり、自分が何がしたいのかをしっかり言語化できるようになったのだ。 「正直、ホレたハレたで一緒になったので、意見が食い違っても、多少のことは女房の言うことをそのまま呑み込んできたようなところがあったんですよ。でも、転職って、本当に一生のことじゃないですか。譲れないところは譲れないわけで、今度のことで、初めて夫婦で、本当のぶつかり合いを経験したと思うんですよ」 完全に夫婦間の関係修復がなされた頃、Sさんには内定の知らせが届いていた。 「夫婦になるっていうのは、こういう山を越えていくことなんだと、今は思っています」 所帯を持つ人には独特の落ち着きがあるものだが、Sさんにも醸し出す何かが、たしかに身に付いてきたように思われたのだった。 ※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。 |