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事業仕分けによる次世代スーパーコンピューターの開発予算削減について、どうお考えですか?
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勝負服大事な仕事のプレゼンや、気合いの入った合コンに着ていく服を『勝負服』というが、これはもちろん、競馬のジョッキーがレース時に着用する服からきているのだろう。
競馬の勝負服は、原則として馬主ごとにデザインが決まっており、遠くからでもはっきり識別できるよう、極彩色の大きな柄を使っている。一般の『勝負服』も、赤や黄色といったハッとするような色の服であることが多いようだが、さすがに本家の派手さにはかなわない。 Uさん(28歳)は笑顔さわやかな、IT業界の営業マンである。とりたてて目立つキャリアではないのだが、普段、激務をこなしているとは思えないはつらつさがあり、面接受けがよさそうというのが我々の印象だった。 転職相談の時の彼は、ごく常識的な身なりをしていて、問題を引き起こすようには見えなかったのだが…。 事件が起きたのは、あるSI会社の最終面接でのことだった。面接終了後、人事担当者から、明らかに困惑した様子の電話があった。 「今日の面接なのですが…、Uさん、すごい服装でいらっしゃいまして、役員の了承は得られそうにもありません」 一次・二次面接は非常にいい手応えで、役員面接は顔を合わせるだけというはずだったのが、まさかの大逆転不採用になったのだ。 「すごい服装というのは?」 「それが…、淡いブルーのスーツに白と紫のチェックシャツ、黄色の水玉のネクタイなんです」 たしかに想像するだに、悪趣味の極みである。 すぐに我々はUさんに連絡をしたのだが、本人は不採用と聞いても慌てた素振りはなかった。 「ああそうですか。服装? あれは僕の勝負服なんです」 「Uさん、年配の人が多い役員面接にそんな服装でいったら、不信感を買ってしまいますよ」 我々は説得にかかったが、Uさんが頑として応じず、「あれを着ていると、いいことがあるんです」と、飄々としている。その後もUさんは勝負服にこだわり続け、別の会社でも内定を棒に振ってしまう事態となった。 もう、このまま全滅かも知れないと思われたUさんの転職活動だったが、最後に残った情報処理A社はUさんの内定を決めてくれた。服装については「その場で『内定です』と申し上げたところ、彼がなぜあんな服を着てきたか説明があった」という。 「あの服は、昨年亡くなった母が生前、わたしにあつらえてくれたものなのです」 Uさんの母親はもともと大阪出身で、Uさんが生まれて間もなく、首都圏に移り住むことになった。しかし、ファッションセンスは大阪時代からいっこうに変わることはなく、派手な服装で近所を闊歩するUさんの母は、地元の有名人だったという。 「子供の頃は、授業参観とか運動会とかが本当にイヤで、頼むから来ないでくれって母にいつも言っていました。 ただ、母は筋が通った人で、私が思春期になって髪を染めたり、ちょっとヤンチャな格好しはじめた時、普通なら頭ごなしに叱るものを『好きにすればええ。私もそうしてきた。服装はどうあれ、中身はちゃんと育ててきた。私はあんたに自信もっとる』って言うんです」 Uさんは続けた。 「あのシャツとスーツ・ネクタイは、社会人になった時に用意してくれたのですが、母はこう言っていました。『大阪にいるときは、こんな格好してても普通だったけど、関東にきて面白いことに気が付いた。服みて、遠ざかっていく人もおるけど、どんな格好してても私の中身を見てくれる人もある。服が相手の器の大きさを教えてくれる』って。それで、いざというときは、これを着て、相手を試してみろって、服を用意してくれたんです」 「それで『勝負服』ですか」 「はい。でも、母が亡くなるまで着ようなんて思わなかったんですよ」そう言って、Uさんは笑い出した。「あんな格好、恥ずかしくてなかなか出来ませんから」 青いスーツに紫のシャツ・黄色の水玉ネクタイ、我々は勝ち鞍をあげたジョッキーのようなUさんの笑顔を思い浮かべていた。 ※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。 |
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