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事業仕分けによる次世代スーパーコンピューターの開発予算削減について、どうお考えですか?
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負け組エリートNさん(30歳)のキャリアを見て、我々は「ヒューッ」と短い口笛をならしてしまった。有名私大の法学部卒後、一部上場企業の経営管理室で法務の仕事をしており、語学も堪能…、該当求人に応募すれば、どの企業も会いたくなるような見事な経歴である。
ところが…。 転職相談にやってきたNさんには、どこか悲壮感が漂っていた。 転職しようと思ったワケを尋ねると、「会社に誇りが持てない」とのコメントがあり、仕事内容では「たいした仕事はしていないんですよ」とも。さらに突っ込 んで話をしていくと、「しょせん自分は負け組ですから」と、人も羨むキャリアの持ち主の台詞とは思えないことを言い出したのだ。 「とんでもない。これだけのキャリアがあれば、多くの会社が興味を持つと思いますよ」 我々が言うとNさんは少し顔を明るくしたが、しばらく会話が進むと、いつのまにかうつむき加減の姿勢に戻っていった。 我々は、どうしてNさんがそこまで自己評価が低いのか不思議でならなかったが、面談の終わる頃の雑談のなかから、その理由がわかってきた。 Nさんは東大合格者トップを競う、中高一貫校の出身。六年間を勉学に費やした彼にとって、私大に行かざるを得なかった時点から「転落」は始まっていたのである。 仮面浪人も考えたNさん。しかし、親の負担を考えそのまま私大を卒業することになり、緊張感がなくなった二年目以降は、勉強に明け暮れた六年の反動もあって享楽的な日々をおくった。 二度目の挫折は就職の時にやってきた。氷河期の谷間と言われた時期ではあったが、第一希望の銀行には届かず、現職の不動産開発A社への就職となったのだ。 それでも、普通ならA社で十分やりがいを感じられるはずだったが、Nさんは1年目に配属となった財務部、その後の法務の仕事で、公認会計士や弁護士を相手にしたことでコンプレックスを深めてしまっていた。 Nさんは言った。 「仕事ではいわゆる『士業』の人たちに囲まれ、同窓会に行けば、周りは官僚やら、私が落ちた金融のエリートばかり。どうしたって、差を感じてしまいます」 転職のなかで、彼が自己評価を取り戻すチャンスは二度あったと思う。 一度は新興の不動産会社から誘いを受けた時。応募を大手に絞っていたNさんが、同業界の成長企業として選んだ唯一の例外。その企業のトップから直々に説得があったのだ。 「ウチなら力さえあれば、30代で役員になれる。子供に会社を継がせる気はないから、社長も狙える。大手銀行に勤めていたって、20年して出向先の役員がいいところだ。私の考えだが、弁護士も会計士もしょせん補佐役。社長・経営は主役になれる仕事だ」 そう言われて心動かされた様子をみせたNさんだが、最後は「会社の格」を理由にこの話を断ってしまう。 もうひとつの機会は、転職活動のなかでKさん(25歳)と知り合った時におとずれた。Nさんと同じ法学部を卒業した彼女にとって、法務は憧れの仕事だっ た。経験はないものの、何とかそこに近づくことは出来ないかと模索していた時、Nさんに出会い、二人は情報交換をするようになっていた。 偶然にも同じ企業の法務スペシャリスト、アシスタントのポジションで内定をもらった時、我々は二人同時に転職を決めるのではないかと感じていた。そして、Nさんを慕うKさんの存在が、彼を変えていくのではないかと。 だが、ここでもNさんは「いろいろ考えましたが、リスクを冒すだけの価値がないと思う」と内定を辞退、そのまま転職活動を休止することになった。 思い返すに、Nさんが夢見ていたのは、周囲を一気に見かえすことの出来る、なにかとてつもない転職、〜たとえば国際的なプロジェクトであるとか、巨大企業 グループの中核に入り込むようなポジション〜、だったのではなかろうか。しかし、それはよほどの強運に恵まれなければ難しい話である。 目標は高く持つべきとは思う。しかし、あまりにも高すぎるバーの設定は、かえって身を不幸にするのかもしれない。 ※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。 |
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