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隠されていた魅力ベンチャー企業であるA社は、我々とのミーティングにホテルのラウンジを利用していた。
「オフィスは狭くて、こういう打ち合わせには向かないので」 A社社長はそう言って、ネクタイの位置をなおしていた。 A社は社長を含めたスタッフ15名全員がエンジニアという電子技術開発企業。設立から3年、成長を続け、幾つもの大手メーカーと取引をしており、新しい採用も「事業をさらに拡大するため」だと社長は胸をはった。 「技術レベルには自信がありますが、逆にそこそこのスキルがないとついてこれません。そういう事情もあって、今回転職エージェントにお願いすることにしたのです」 これは、ベンチャー企業によく起きるジレンマである。人を育てる余裕はない。業績が良いので即戦力が欲しい。しかし、企業規模が小さく独立系であるため、人を集める力がない。ネットや雑誌の求人広告では良い人材が集まらないので、転職者に接している転職エージェントを利用しようと考えるわけだ。 ただし、この場合、転職者に応募を促すには、我々がA社の魅力について「語れる」だけの知識がなければならない。その点を深く掘り下げようとヒアリングを続けたのだが、我々が理解できたのは前述の技術力の高さと、若い社長の穏やかな人柄くらいであった。 もちろん、技術力があるのはアピールになる。しかし、技術を持っているという点では大手・中堅企業も同じ。リスクを冒してベンチャーに行くには、相応の覚悟が必要となる。 社長の話を持ち帰って企業紹介をはじめてみたものの、応募の手はなかなか挙がらなかった。 ようやく十分なスキルを持つエンジニアMさんがA社に応募を決めてくれたのは、3週間後のこと。社長は喜んですぐに面接日程を出してくれたが、場所は我々との打ち合わせと同じ、ホテルのラウンジだった。 「いきなりオフィス、…実際は作業場なのですが…、そこへ連れて行ってしまうと、幻滅すると思うのです。A社への興味を固めてもらうまで、ホテルで会うほうがいいと思います」 社長はそう言って、二次面接もホテルで行うことにした。MさんはA社社長にも好感を持ち、かなりA社に対して親近感をもっている様子だったが、二次面接が終わった数日後、早めに話が進んでいた他の中堅メーカーへの転職を決めてしまった。 「A社も良い会社だと思いましたが、社長とマネージャーのお二人にしか会えませんでしたし、職場に連れて行ってもらえなかったので、自分が仕事をしているイメージが描けなくて…」 辞退したMさんはそう語った。 この件の後、我々はA社社長とあらためて連絡を取り、今後の紹介のためにA社の職場をみせてもらうことにした。 社長が言う『作業場』は雑居ビルの中にあった。 普通の会社が入っているフロアではなく、住居のための三つの部屋をそのまま使っており、たしかに予備知識なしで面接に来ると、面食らってしまいそうな作りになっていた。仕事をしているエンジニアにスーツ姿の人はいない。多くがジーンズにシャツというラフな恰好で、職場というより、大学の研究室を思わせる雑然としたカジュアルな雰囲気だった。 「いつもこんな感じなものですから、本当はエージェントさんにもお見せしたくなかったんですよね」 スタッフは我々の訪問に困った様子だったが、我々はむしろ手応えを感じていた。エンジニアの中には、社会人の堅苦しい作法を嫌う人が多い。「まるで大学の研究室のよう」と聞けば、面接にいきたくなりそうな転職希望者がすぐに何人か思い浮かぶ。 「仕事をするには良いところじゃないですか?」 我々が嬉しそうにしているのを、社長は不思議そうに見ていた。 この訪問の後、実力派のエンジニア4名の紹介が連続し、無事に内定者も出ることになった。 社長が「職場の職場らしくなさ」を隠したがったのは理解できる。A社の職場をみれば入社をためらってしまう人もいるだろう。しかし、数は少なくても「自分にフィットしている」と思う人もいるのだ。中小企業へのマッチングで大切なのは、その会社の際だった特徴を把握すること。そして、それを伝えるべき人に伝えることなのである。 ※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。 |