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2007年9月3日 10:00
転職徒然草
転職徒然草 リクルートエージェントメールホーム
誰も知らない、語らない転職裏話。エージェントを通じて転職した人、やっぱりやめた人。転職を考えていない人でも、真面目に考えている人でも楽しめる、日替わりコラムです。

船乗りが陸に上がるとき

Sさん(43歳)は運輸事業A社勤務のエンジニア…、こう言うといまひとつ仕事のイメージが分かりにくいが、彼は船乗り、つまり巨大タンカーのエンジニアだった。
高等専門学校を卒業してすぐにA社に入社、約1年間の乗船研修の後、Sさんは船に乗る生活をはじめた。それから20年以上、3か月の航海と2週間の休みを交互に繰り返しながら、一年の多くの時間を海上で過ごす生活をしている。
Sさんが転職を考えるようになったのは、会社の方針に不満を持つようになったからだ。エンジニアリング部門の管理職になり、社内の政治力学が見え始め、船の上の仕事だけでは済まなくなってきたことに嫌気がさしてもいた。
航海の狭間の休みに、Sさんは我々に連絡をとってきた。

Sさんのキャリアはエンジニアといっても特殊な部類に含まれる。マッチングは簡単ではないと思われたが、ひとつだけ「ひょっとすると…」と思える求人があった。エンジニアリング事業会社と商社の合弁で設立されたB社の海外勤務求人は、海上に建設された新しい工業実験ラボで働くもので、Sさんのキャリアが活かせるのではないかと思われたのだ。

SさんはB社のプラントがまったく新しいタイプであることに強い興味を持ったようだったが、「実は来週からまた航海で3か月は戻ってきません。つまり、面接をするにしても3か月後になります」と、伝えてきた。
せっかく応募をしても、3か月後では求人そのものが残っているかどうかも分からない。だが、Sさんにはこれ以上適合した求人は、そうそう見つからないように思えた。我々は「とにかく、事情をB社に説明してみましょう」とSさんを促して、応募の手続きを取ることにしたのだった。

B社は、Sさんのキャリアを聞くと書類段階としては異例なほど高い評価を出してくれた。
「技術面はまったく問題ないですし、船上での経験が多いというのは、心強いですよ。我々には未知のことなので」
親会社から来ている役員はそう言って、3か月後までSさんを待つことを確約してくれた。
船上の転職者と日程調整をするのは我々にとっても珍しい経験である。航海中、Sさんとの連絡はメールで行われたが、船がインターネット通信を使うのは一日一回のみ。しかも船員全員が平等に家族などへの連絡を行えるよう、ひとりがPCを占有できる時間は限られていた。同乗しているほかの同僚に転職のことを気付かれないようにしていたこともあり、Sさんと我々はもどかしいやりとりを何日も続け、日程調整、面接対策などを進めていくことになった。
ようやく行われたB社の採用面接だったが、Sさんは流れた時間を取り戻すかのように、あっという間に内定を決めた。
「思い切って相談に来て良かった」Sさんは喜んだが、つまずきは直後に起きた。奥さんが反対をしたのだ。

Sさんが転職をするつもりだと言ったとき、奥さんは一も二もなく賛成をしていた。それはSさんが船を下りて、普通の仕事を探すことだと思っていたからであった。B社に転職した場合は完全な単身赴任、事態は悪化している。
「これから子育ても難しい年代に入ってくるし…。家に居てくれるようになると思ったから、応援するって言ったのに」。傍にいてもらいたいという奥さんの訴えは切実だった。
だが、「これが最後のチャンスかもしれない」と思っていたSさんも、B社の内定をすぐに断ることは出来なかった。話し合いは平行線で、あっという間に3週間がすぎ、再びSさんは海に出ることになった。

B社が戻るまで結論を保留することに同意してくれたので、船の上のSさんと我々、そして家族との間で、再び現代らしからぬゆっくりしたメールでのやりとりが交わされた。
この時、もし奥さんが「家に居て欲しい」と言うだけなら、Sさんは転職を強硬したかもしれない。だが、事情を知った二人の子供は揃って同じ事を言った。

「今まで長く一緒にいたことがないから、一緒にいたいのかそうじゃないのか、よく分からない」

これを聞いて、さしものSさんも折れるしかなかった。航海が終わる前にSさんは内定を辞退する旨を伝えてきたが、半年以上待っていたB社も簡単に引き下がらなかった。「勤務は本社にして、出張という形で月に二週間程度向こうで過ごして貰うのではどうでしょう?」と新しい提案をしてきたのだ。 これをSさんの家族は受け入れた。

「子供達がいった通りですよ。私も一緒にいるとどうしたらいいのか分からない。妻は家にとにかく居て欲しいと言いましたが、毎日家に帰るような会社に転職したら、それはそれで、きっと失敗していたような気がします。今くらいがちょうどいい」
こうして一人の船乗りが陸に上がった。まだ海との縁は切れてはいない。だが、月の半分は家で過ごすようになった。少しずつ、Sさんは毎日を共に過ごす家族というものに慣れていくだろう。

※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。
最新の転職・求人情報は、japan.internet.com キャリア を御覧ください。


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