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3億の男プロスポーツの世界では、体を資本に、努力を投資に、20代の若者たちが巨万の富を得ている。もちろん、そんな人ばかりではないが、彼ら一部の華やかな活躍を見ていると、自分の仕事がひどくつまらないものに思えてくるのも仕方のないことだろうか。
住宅機器メーカーA社の営業企画Sさん(27歳)は、仕事に対するプライドをどう見つけていいのか分からずに悩んでいた。 Sさんは学生時代、スポーツ万能・勉強もそこそこ出来て、つねに仲間の輪の中心にいるタイプだった。家族のなかでも『なんでも出来る子』として見られていたし、実際、成績は常に上位。友人らが就職に苦労するなか、大手のカンムリがついたA社に就職することが出来た。 しかし、そのA社の中に壁はそびえていた。大手関連なので安定こそしているものの業績は横ばいで、社会人になってからのSさんはこれといった成功体験を積むことが出来なかった。しかも、入ってくる後輩が少なかったため、いつも使いっ走りの若僧扱い。ようやく今年、後輩ができたが、売り手市場の影響かみんな自信過剰で、それがSさんをさらに困惑させた。 「自分も昔はあんな風に大胆だった。それがいつの間にか、人前で意見を言うのもためらうようになってしまった…」 Sさんはモヤモヤした気持ちの解決策として、転職を思い立ったのだった。 我々の目からみると、転職市場でのSさんの評価は決して低くない。各社が採用を控えているなかで無事に就職を果たし、4年超の実務経験がある。新卒の兄貴分として指導に当たれる層は各社で不足しており、堅実なキャリアがあればそれだけでとても貴重な存在なのだ。 しかし、Sさんは面接で自分の何を誇ればいいのか分からず、惜しいところで内定を逃していた。 「もっと自分を売り込まないと」と我々は促したが、Sさんは不採用が続いて自信を取り戻すという目的を見失い、無気力な状態になっていた。 「売り込むっていっても、別に何もないですし。それに正直、大した仕事ではないじゃないですか。A社よりは高いけれど、年収400万いくかどうかとか。誰にでも出来る仕事ですよ」 「そんなことないんですよ…」 我々がなにかいい励ましの方法がないかと考えて少し間をあけると、Sさんの方がふとした感じで「僕、レッドソックスの松坂と同い年なんです」と、唐突に話をはじめた。 「あいつなんか100億の男でしょ。100億って言うのは年俸じゃなくて移籍金なんですけど、でも、それが彼の価値なわけで…。それに比べたら自分なんてって思いますよね。別に松坂じゃなくても、自分と同じ歳で何千万も稼いでいる選手は大勢いるし、年収400万くらいの仕事なんてどうとでもなりそうって思えるじゃないですか」 「それは違いますよ」 我々は咄嗟に答えた。 「400万じゃない。Sさんは2億、3億に挑戦しているんです」 「え?」Sさんは引き込まれるような驚きの声をあげた。 「正社員として入社すれば、会社は正当な理由なくして解雇はできません。企業はSさんを採用すれば、定年までおそらく2億円くらいの生涯年収を支払う覚悟をしなくてはならない。それに加えて研修教育も必要だし、厚生年金の費用負担もある。実際には3億近い金額になるはずです」 「でも、それは…」 「たしかにスポーツ選手はそれを一年で稼ぎます。しかし、怪我をして選手生活が短くなるリスクもある。けれど企業はそうはいかない。だから、真剣に採用に向き合っているんです。Sさんは自分に2億、3億の価値があるとアピールする気概で面接に臨んできましたか?」 「それは…」 「最終面接までいった会社がいくつかありましたよね。あの人たちは、Sさんにそれだけの価値があるかもしれないと思っていたはずです」 Sさんはしばらく黙った後、「分かりました」と返事をした。 この会話の後、面接の結果が劇的に良くなったわけではなかったが、Sさんは「緊張感を持って面接に臨むことが出来た」と、我々に感想を言うようになり、そしてある機械部品メーカーから内定をもらった時、彼は本当に嬉しそうであった。 「3億の男になれました」 「まだまだ。目標は松坂の100億でしょう?」 「だから、それは移籍金ですってば。松坂だって年俸100億は無理ですよ」Sさんは笑った。 「でも、ビジネスで100億の取引ができるようになれたら、少しは彼に近づけたと思えるかも知れませんね」 「それは無理じゃない?」 「かなり難しいですけど、そうですね、不可能なことじゃないかな」 どうやら彼には3億の男にふさわしい目標が出来たようである。 ※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。 |
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