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言ってみるもの転職相談では、普段は聞かないような話が飛び出し、びっくりさせられることがある。
「この間、警察の事情聴取に呼ばれちゃって…」 Tさん(29歳)は昨日の夕食の話でもするかのようなシレッとした顔でそう言い放った。 「これはそろそろ潮時かなと思ったんです」 Tさんが疑われた犯罪は銃刀法違反。彼はその道では有名なミリタリーマニアで、特に旧ソ連軍のコレクションにかけてはかなりのものがあると自慢をしていた。 学生時代から、海外通販・個人輸入といった形でさまざまなグッズを集めだし、あまったものをネットオークションや専門店にスペースを借りて販売するようになった。いったん普通の会社に就職するが、アンティークだけでなく鞄やナイフなどを多く扱うようになると、生活するのに十分な収入を得られるようになっていった。2年ほど前、Tさんは会社を辞め、趣味と実利をかねたミリタリーな生活にどっぷりつかることにしたのだった。 ところが最近、Tさんの知り合いがモデルガン改造で捕まり、彼と取引していたTさんも違法な商品を扱っているのではないかと疑われるハメになった。 「警察の人に真っ当に働けと言われたんですよ。まあ、法律ギリギリみたいな商品も扱ったことはあったんで、そう言われるのも仕方ないことではありますが。それで、そこそこ儲けは出ていたんですけど、マニアの世界なので発展性もないですし、同じことの繰り返しにいい加減飽きていたので、もう一度会社で働いてみるかと考えたんです」 Tさんは、飄々と語った。 我々が転職先の希望を聞くと、Tさんは椅子のなかで少し姿勢をくずした。 「そうですねえ。やっぱり大手系が良いですよねぇ」 彼の表情は真剣なのか冗談なのか、にわかに分かりがたいような笑顔だった。 大手企業は堅いジャッジをするところが多い。関連会社といえども同様だ。社会人として2年のブランクがあり、あやしいミリタリーグッズを扱っていたとなれば、内定を取るのは相当むずかしいと思われたが、彼の立場にたってみれば、わざわざ儲けている事業から勤め人に戻るのだから、生活が安定しなければ意味がないのかもしれない。 「そうですか。理由はわかります。では業界は?」我々の返事にTさんは驚いた。 「え?本当に僕が大手なんて応募していいんですか?」 どうやら、彼自身もそうウマイ話はないだろうと思っていたようだ。 「決して簡単ではありませんが、身をかためることが転職の目的なら、安定した企業を希望するのは当然だと思ったのです」 すると、Tさんは空とぼけた様子で「なるほど、言われてみればそうですね。じゃあ大手系で。業界は商社かな。海外とやりとりしてましたから、メール対応くらいは出来ますよ」と、少し自慢げに言ったのだった。 本当のことを言うと、たいへん失礼ながら、この時我々はTさんが応募した大手関連商社4社のなかで内定がもらえるとは思っていなかった。転職活動を通じて、世の中の相場観をつかんでいくといった展開は、よくある話である。ところが、転職活動わずか一週間で大手不動産会社系列の資材商社A社からアッサリ内定が出たのだった。 A社人事は内定後、Tさんを評価したポイントについて我々に語った。 「そうねえ、色んな国と取引してる経験は面白し、キャラクターも…、なんというかアッケラカンとしてて楽天的な感じがするのが良かったかな」 「ふ〜む、なるほどぉ」我々はまだ信じられないといった気持ちであいづちをうった。 「納得いかないような声ですね。何かTさんに関して、ネガティブな情報があるんですか?」 「いえいえ。Tさんがダメということでは…。ただ、他にも良い候補者がいたので」 「そうねえ。でも、みんな、きれい事を並べるけど、タフな感じがしなくてね。Tさんはその点、警察に呼ばれても大して気にしてないみたいな話しぶりでしたから」 「そんな話までしたんですか…」 「ええ、彼から切り出して来ましたよ。そんな人滅多にいないし、面白い話だったなあ」 内定を聞いたTさんは無論、大喜びだった。 「すごいですね。エージェントさんの力って」 「とんでもない。Tさんの力です。正直、我々は難しいと思っていましたから」 「そりゃそうですよ。いやあ、絶対無理だと思ったけどな」 Tさんは声を弾ませつつも、他人事のようにそう言った。 「警察に呼ばれた話、したんですって?」 「ああ、はい。そんなこと言ったら普通はマイナスだよなって思ってはいたんですけど、なんか盛り上がっちゃって、ついノリで」 よく考えると、我々に「大手系希望」と言った時もTさんは冗談半分であったし、今回面接で「警察に呼ばれた」という話をしたのも、おそらくは似たような感覚、「言ってみるか」というTさん独特のノリだったように思う。それがうまくいったのは幸運に違いないが、ひとつ確かなことがある。 何も言わなければ、決して希望は叶わなかったということだ。 面談をしていると、控えめを美徳と考えているからか、非常識に見られたくない気持ちからか、我々の顔色をさぐるように転職の希望を言われる方が多い。たしかにあまりにも突飛なことを面接で言うのはマズいだろう。だが、我々のところでおこなう面談はその前段階だ。取りあえず言ってみて、現実に合わなければ修正すればいいだけのこと。なにより、言わなければ何事も決して成就されることはない。 ※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。 |