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人事部の彼女、エンジニアの彼氏エンジニア向けセミナーに、Kさん(29歳)は彼女同伴で来ていた。
いや、その表現は正確さを欠く。彼女であるSさん(30歳)が、Kさんを連れてセミナーに来ていたと言ったほうがいいだろう。 KさんとSさんは同じメーカーA社に勤める同僚。ただし、Kさんがエンジニアなのに対し、Sさんは人事部所属で、エンジニアではなかった。エンジニア向けのセミナーに来ているのだから、当然Kさんが主、Sさんが従であるはずが、我々の前に腰掛けた二人の関係は、まったく逆であった。 「すぐに転職したいんです。」 体を前に倒して切り出してきたのは彼女Sさんであった。 「えーと、それはどなたが?」 「もちろん、彼がです。」 Sさんの目が大きく見開かれているのに対して、Kさんの方は、居心地が悪そうにしていた。我々はKさんの方を向いて聞いた。 「どうして転職を?」 しかし、話し始めたのはSさんだった。 「彼の実績は、人事で十分に評価されていないんです。」 Sさんの話によると、Kさんには同期のライバルがいるのだが、スキル・キャリアではひけをとらないのに、人事にあがってくる評価では雲泥の差になっているのだという。どうやら、上司がえこひいきしているらしい。 「このままA社に残っても昇進も難しいし、彼のやりたい仕事も出来ないと思うんです。」と、Sさん。 ただ、Kさんに聞くと、 「現場の人間にはよく分かりません。プロジェクトでリーダーに選ばれなかったのは事実ですが…」と、歯切れが悪い。 「本当に転職したいのですか?」再度聞くと、 「評価されていないと聞いているので。でも、やり残していることもあるし…」 と、本人は後ろ髪をひかれるところもあるようであった。 実際の企業選びに入ってもイニシアティブをとっているのはSさんの方で、我々の目には、Kさんは引きずられるように転職活動に入っていくように見えた。 しかし、どんなに彼女が転職させたがったとしても、実際に面接に行って話をするのはKさんの方である。これで大丈夫だろうかと心配に思っていたが、いざ面接がはじまるとSさんが裏で発破をかけているらしく、どこでも評価は上々で、KさんはA社よりも待遇のよいB社への転職を決めることができた。 『彼女の言いなりだったのが、幸運につながったわけか』と、我々は考えていたのだが、数週間後、挨拶にやってきたKさんとSさんは様子が違っていた。 前に進み出て「ありがとうございます」と言うKさんの後で、Sさんは体を隠しているように見えた。どうしたのだろうと、我々がSさんの方をのぞき込むと、Kさんは「今日はお前のことで来たんだから、こっちにこいよ」と、手招きをした。 「彼女のことで?」 「はい。彼女も転職をした方がいいと思うんです。」 「まさか、同じB社へ転職させたいということですか?」 「いえ、僕たち、そんなにベタベタじゃないですよ。」Kさんは笑った。 「こいつ、人事続けたいらしいんですけど、A社ではいずれローテーションかけられてしまうから。それに、A社では人事で昇進していくのは難しいんですよ。」 「なるほど。では、ちょっと人事担当のエージェントを呼んでみますね。」 「そんな、お忙しいでしょうから。すぐでなくても…。」 Sさんは遠慮がちだったが、Kさんは堂々としていた。 「ここまで来たんだから、挨拶だけでもしておけって。」 「…うん。」 まるでセミナーに来たときとは別人である。ステレオタイプに『Kさんは女性の尻に敷かれるタイプ』と思っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。我々の前に立っているのは、自分のことより相手を思いやる、似たもの同士の恋人ふたりであった。 ※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。 |
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