シャツの縁Yさんは、この秋に29才になった。大学を出て就職をした雑貨品チェーン店でかれこれ6年間、店頭に立ち続けてきた。
これまでずっと販売という仕事に誇りを持ち続けてきた。お客様に笑顔で接し、質問があれば答えていく。「ありがとうございました」。商品を購入していったお客様に頭を下げるとき、至上の幸福感に心が満たされていた。 Yさんの心の中に、説明しがたい違和感が頭をもたげてきたのは、2007年に入ってからのことだった。何か物足りない。楽しそうに商品を手に取るお客様を見ても、購入していったお客様に頭を下げても、これまでのように幸福感が心を満たすことは少なくなっていた。やがて、その違和感の正体がおぼろげながら輪郭を現してきた。 (お客様は単に商品を買って喜んでいるだけのこと。自分は果たして、どこまでお客様に関わっているのだろう…。) Yさんは、試しに陳列棚の前で思い悩むお客様に声をかけ、自分がよいと思う商品を薦めてみた。すると相手は一瞬ひるんだような表情を見せると、露骨に不快感を示した。Yさんは日頃から心がけていたはずの「お客様から声をかけられるまでは、むやみに声をかけてはならない」という販売員としての鉄則を思い出した。 そして違和感は確信に変わり、自分がよいと思う商品を、お客様に薦めてみたいと強く願うようになっていた。 我々がYさんとお会いしたのは、そんな状況の折である。Yさんの希望はひとつ。自ら商品を相手に売り込むこと、すなわち「営業をしてみたい」だった。 動機はシンプルでも、こうした場合の求人情報提供は難しい。なにせ的が広すぎる。我々はYさんに世間の営業スタイルの典型をいくつか紹介し、彼が再び「幸福感」で満たされる選択肢とはいったい何なのかを話し合った。しかし、Yさんは営業職に対してイメージを持ちきれず、なかなか絞りきれない。 そんな時、我々はふとYさんの服装に目を留めた。実にパリッとしている。特にYシャツはおろしたてのように糊が利いており、しかもオーダーメードのような上質感が漂っている。 「そういえばYさん、素敵なシャツを着てますね。」 「あ、わかります?実はYシャツマニアでして。オーダーメードもありますし、既製品もいろいろ集めているんですよ。」 うれしそうに着ているYシャツのメーカーにまつわる薀蓄(うんちく)を披露しはじめたYさんの話を、我々は思わず遮った。 「Yさんのシャツ、A社製っておっしゃいましたよね?A社が営業職の募集をしているんですが…。」 「え、Yシャツの営業、ですか。そんな仕事もあるんですか。」 営業職のいない会社はない。メーカーであってもサービス業であっても。商品が機械であってもコンピューターであってもYシャツであっても。そうした説明をすると、Yさんは俄然目を輝かせはじめた。仕事内容のイメージも固まったようで、間もなくA社に応募することを心に決めた。 A社の面接は、最初から社長が登場する。自らシャツをデザインし縫製し売り込むことからはじめた、たたき上げの社長である。誰よりもYシャツを愛し、自分の育てたシャツに心から誇りを持っている人物だった。 A社応接室に通されたYさんをひと目見た社長は、小さくうなずくと静かに微笑んで着席を促した。6年間の販売職で培った「スマイル」で応じたYさんは、ソファーに身を沈めた。その瞬間、糊の利いたスーツやシャツからは音が聞こえてきそうだったという。対話をするまでもなく、この段階でYさんの内定は決まっていた。 企業と転職希望者との間に、相思相愛一目ぼれといった局面が時折訪れる。ただ、その局面は間に立つ我々がどうきっかけ作りを試みても、決してコントロールはできない。結果論とはいえ、こうしたきっかけを絶妙の間で捉えられたと後で知ったとき、我々には至上の幸福感が訪れるのである。 Yさんは現在、A社の営業職として大好きなシャツを卸業者や百貨店に売り込んでいる。営業成績もなかなかのようである。 ※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。 |