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事業仕分けによる次世代スーパーコンピューターの開発予算削減について、どうお考えですか?
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キャリアを辿る旅事業企画のキャリアを持つEさん(47歳)はネットベンチャー企業から、教育ビジネスA社に転職をした。その際、A社側の都合でEさんの入社が一か月延長されることになった。
転職後は、業務上しばらく海外に滞在しなければならない。離婚をして一人で暮らしていたEさんは、「せっかくの機会」と、自分の歩いてきた道のりを辿る旅に出ることにしたのだった。 まず、Eさんが出かけたのはある地方都市の郊外だった。そこには、22年前に就職をしたメーカー販社の営業所があった。古いビルは建て替えられ、営業所のショールームはガラス張りの真新しいものになっており、当然というべきか、働いている人でEさんが知っている人は一人もいなかった。 昔よく入った定食屋が残っていたのでそこで食事をすると、店の年老いた主人が気づいているのかいないのか、ときどき怪しそうな表情でEさんの顔をのぞきこんでいた。 二社目は関西にある外資系メーカー販社。入社2年目で転職したEさんはそこで5年を過ごした。オフィスはすぐ近くながら、以前とは別のビルに入っていた。 開発で周囲の様子が一変しているなか、ようやく見つけた会社の受付で自分の名前を言ったが、出てきた若い社員(マーケティング部所属と名乗った)は迷惑そうにしており、Eさんは早々にその場を引き上げ、電車で30分ほどのところにある三社目の日用品メーカーのオフィスに向かった。 CI 戦略で社名が横文字に変わったその会社では、今も付き合いのある友人数名が残っており、Eさんを温かく迎えてくれ、夕食に誘われた。 「来月から海外かあ。そりゃあ大変だな。」 その夜一緒に出かけた友人達は、Eさんの転職話を興味深そうに聞いていたという。 4社目の会社は郷里にあった。家族の都合で、郷里に戻らざるを得なかったEさんは地元の食品メーカーで2年間を過ごしていた。土産物をもって事務所に入っていくと、見慣れた顔の従業員が8年前と同じ席に座り、同じように働いていた。 「社長にもご挨拶を…。」そう持ちかけたEさんに、社員は言った。 「社長は昨年、亡くなったんですよ。」 キャリアでもプライベートでも、もっとも辛い時期を支えてくれた社長の死を聞き、Eさんは翌日墓参りに向かった。その夜はたった一人で温泉宿に泊まり、静かに献杯をあげた。 東京に戻ったEさんは5社目のネットベンチャーに出向いた。Eさんが辞めてからも会社は成長を続けていて、オフィス内の様子は大分変わっていた。かつての部下が彼の姿を見つけ「えー?どうしたんですかあ?!」と、心底驚いた顔をしているのを見て大笑いしたが、Eさんは同時に、そこに自分の居場所がないことへの理不尽な寂しさも感じていた。 それから、Eさんは我々のところへやってきた。 「辞めたばかりの会社に遊びに行くってわけにはいかなかったのですが…。」 「なるほど、自分の歴史をまわってこられたわけですね。」 「そう大げさなものじゃないんですけどね。実は、5つ目の会社では戻ってきてくれって言われちゃって…。」 一瞬、転職するのをやめるのかと驚いたが、Eさんは「もちろん、断りましたけど」と話を続けた。 「何度も転職しているんで、流れ流れてって感じですよねえ。」 「そんな。でも、いろいろ思うところはあったんでしょうね。」 それを聞いたEさんは表情を引き締め。そして再び笑顔に戻って言った。 「ええ。今度は海外ですし、自分にとっても本当の勝負の時だと思いますから。覚悟を決めるには良い旅行だったと思います。」 6度の転職を経験したEさん、何気ない会話だったが彼の決意のほどを見たような気がしていた。 キャリアを辿る旅、人はそこに何を見るのか、もし自分なら…。Eさんは決して多くを語らなかったが、我々の思考はとりとめもなく千々に消えていった。 ※このコラムは、事実を元にしたフィクションです。 |
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