![]() ![]() ![]() ![]() 「愛と平和と Linux」--1この記事のURLhttp://japan.internet.com/linuxtutorial/20010317/1.html
著者:Brian Proffitt
海外internet.com発の記事
冗談もほどほどに 私もみんなと同じで、面白い広告キャンペーンは好きだ。 血気盛んなアメリカ人男性はたいていそうだが、 マジソン街の傑作な広告にそそのかされたくてうずうずしている。 たとえば、目下の私が好きなのはあるドイツ車のTVコマーシャルで、 どういうわけか車が木に突き刺さっていて、それから落ちてくるというやつだ。 上質などたばたコメディ――はいつでも歓迎。 IBMの最近の Linux広告を見て大笑いした。 「愛と平和と Linux」? もちろん、この IBM の広告がほのめかしたいことは分かる。 60年代にもてはやされた「自由な思考」「意識の流れ」 などの気恥ずかしくなるような代物――少なくとも私はそう思う―― のことを言いたいのだ。 当時の私にとっては、土曜日の朝の漫画のほうがずっと面白かった。 私はその程度だが、 IBM の広告が伝えようとしているものが実は好きだった。 つまり、 Linux は本領を発揮すれば、IBM が広告で象徴しようとしているような、 コミュニティ精神とかオープンな思考を生み出す、と思っている。 こんな文章を自分が書いたのかと思うと、 首を振りたいくらい不思議だ。 IBM? 平和? 愛? 60年代? Segfault エラーだ。 もし、60年代当時すでに大人だった誰かと話してみるといい。 IBM は支配階級の片棒を担いだ隠れファシストで、 スーツとパンチカードでみんなの意志をくじこうとしたのが分かるだろう。 つまり、IBM は30年後の今になって、 「愛と平和」をわれわれに教えようというのだ。 冗談はもうよそう。 IBM は、結局、メッセージを伝えようとしただけだ。 事実を捻じ曲げたと、IBM(かその広告代理店)を責めても仕方がない。 しかし、事実を隠そうとした責任はある。 この気恥ずかしい感覚が Linux には当てはまるというなら、 なぜ 当時でなく、今なのだろうか。 ヒッピー、企業ザメと理想主義者の殺し屋に会うLinux コミュニティでけんかがだんだん増えているのを、 この数週間、警戒しつつ見守っていた。 起こっている衝突の多くは一見したところ昔からある問題で、 それを単に新しくねじったものだ。 KDE 狂は、 Ximian が Google の KDE 関連の情報にキーワード広告を買った時、 警告を発した。 実際、警告はどちらかというと控えめで、 雀蜂の巣を蹴っ飛ばしてから、 蜂が群がってぶんぶん飛ぶのを黙って見ている、 という感じだった。 それから、 大デスクトップ戦争における新たな小競り合いの新たなラウンドが始まった。 なんというくだらなさ。 「Ximian は悪魔だ」と面目を失った KDE ユーザーは嘆く。 「やつらは公正にプレイしない!」 「KDE は悪魔だ」と今回は防戦側の Ximian の支持者がわめく。 「やつらは気が狂ってる」 「そんなことはない」 「いや、そうだ」 「先に仕掛けたのはそっちだ」 「違うってば!」 おいおい。私だって8歳を過ぎてからはもっと知性ある言い争いができるぞ。 次は Linux コミュニティの内輪もめ >>
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