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学校教育における政策評価の導入に向けて
最近、我が国では政策評価の重要性が指摘されています。
「コンテナターミナルを数十億円で造ったが、船は1隻も来ない。巨大な釣り堀だ!」
とか「高速道路を造ったが、自動車よりも熊の通行が多い!」といった記事がマスコミを
賑わしています。そこで、行政が行う事業に関して、無駄な投資を避けて予算を有効に使うために、
様々な面から事業や政策を評価する努力がなされています。
その一環として、行政が行う全事業を悉皆的に評価する自治体の取り組みが増えています。 事前に行政活動の効果や顧客満足度などに係る目標値を設定し、達成状況を常時監視する 業績目標設定型の事業評価の導入が代表的です。最近は、事業を政策に集約し、 最終的な政策効果(アウトカム)を管理する考え方も導入が検討されつつあります。 このような事業評価や政策評価は、公共事業のようなハード整備においては目標値の設定 (例:平成15年までに市街地のバイパスを10キロ建設する。それによって、渋滞を緩和し、 毎朝の平均通行速度を10km/時から20km/時に向上させる)は比較的容易です。しかし、 学校教育に関する各種事業の成果・効果とはいったい何を見ればよいのか? この議論は日本ではタブー視されてきました。 学校は住民の「子どもの基礎学力の向上」、「豊かな子どもの心の育成」、 「いじめのない学校」等のニーズを満足させるために設置されています。 住民のニーズを実現するために、行政は予算を措置して「教職員の研修会」、 「パソコン教室の整備」、「音楽鑑賞会の開催」等を行なうことで、学校の目的を達成しようとします。 従って、予算を措置した各種事業は、すべて教育目標を如何に達成したかで評価すべきです。 全てを表現できないまでも、例えば「イジメの発生件数を100件から50件に半減する」 という政策目標を設定し、それに向けて「いじめ相談110番に500万円」とか 「教職員がカウンセラー研修に参加する研修費に300万円」といった事業を講じることになります。 数年後に政策目標が未達成(例:いじめが80件までしか減少しなかった)であれば、 講じた事業の有効性、効率性が悪いと反省し、事業の方法・手法を改善する、 あるいは有効な別の事業を講じる必要があります。教育活動を改善するスタートラインとして、 政策目標値は不可欠のものです。 著者がある自治体の総合計画を立案する際に、教育委員会の担当者は「いじめはゼロ。 この目標値は譲れない!」というばかりで、まるで「神学論争」になった経験があります。 一方では、警察本部から「非行少年の補導数を300人から200人に削減する。 そのために事業として…」という計画が提出されるのですが、教育委員会からは相も変わらず 「問題行動を起こす生徒をなくす。そのための事業として…」という「お題目」「スローガン」 しか提出されませんでした。同じ「非行少年をなくす」ことを目標にしていながら、 教育委員会の「お題目主義」が強く記憶に残っています。 このような状況の中で、世田谷区では平成14年度から、 小中学校の教育成果の達成目標を数字で表す新制度を導入することを決めました (読売新聞H14.2.21)。 従来、「お題目」「スローガン」であった教育目標を数字を使って具体的に提示し、 地域や保護者などに理解を深めてもらうことが狙いとのことです。例えば、 「深く考える子」という教育目標を掲げた場合、 従来はその成果を児童の感想文を例示することで説明してきました。 しかし、例示された感想文が全体を代表しているか否かはわかりませんし、 感想文といった主観的なもので教育成果を説明している限り、予算査定の場面で活用できないことになります。 そこで、世田谷区では来年度からは「深く考える子どもの育成を目指す。 成果として図書室の本の貸し出し冊数が2倍になる」といった具体的な数字で教育成果を 説明することにしました。他にも「美しい学校づくり→10種類以上の花が咲いている」、 「きめ細かな進路指導→進路結果に対して90%の卒業生が満足度が5段階評価で4以上」 などが例示されています。 今までの「教育成果を数字で図ることは学力に限定されるべき。 聖職である教育活動全般への評価は侮辱的行為」、 「教育成果を定量化すると競争が激化して子どもに心のゆとりがなくなる」といった感情論や、 「教育とは、子どもが老人になった時に小学校時代の先生の一言を しみじみ思い出せすくらいの長い時間が必要」といった効果発現までのタイムラグ、 といった「神学論争」から脱却し、住民が学校教育の成果について議論するきっかけとなりそうです。 もちろん、数字で表せない成果が多いことは言うまでもありませんが、 数字をきっかけに教育成果につい「効率性」「有効性」を議論する雰囲気が出てきたと言えます。 例えば、米国のカリフォルニア州では、全公立学校7400校を学力指数ランキングで格付けしています。 「2001年・学力指数ランキング(The Academic Performance Index ranking=APIランキング )」 と題するもので、学校の教育成果を学力標準テストの結果で厳格に10段階に「格付け」し、 ネットで公開しています。 学校の教育成果を定量的に評価することで、 学校の取り組みの「有効性」や「効率性」を住民を交えて議論する資料に、 さらには予算措置の基礎資料として活用しています。 学校教育の評価は、従来の「学区制」による学校間の競争がまったくない仕組みが、 「学校選択制」に移行する可能性のなるなかで、この動きを支える基盤となることでしょう。 平成12年4月入学生からはじまった品川区の学校選択制は、「どの学校を選べばよいのか?」 といった情報が決定的に不足している点が課題として指摘されています。 学校のパンフレットには様々な教育目標や成果が掲げられていますが、 外部の人間には「お題目」「スローガン」に過ぎず、 目に見える成果が全く提示されていないのが現状でした。 そのため、「うわさ話」と「歴史・伝統」に頼った学校選びになっているそうです。 インターネットでは、「○×小学校のA先生は最悪」といった個人的な誹謗中傷が多く、 学校毎の教育成果についての客観的な情報は、ほとんどない状態です。我が国でも、 米国のように、学校教育の成果を定量的に評価するシステムが求められています。 学校選択時代を迎え、学校における教育成果をどの様に表現すれば良いのか、 まじめな議論が必要となっています。
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