
11月30日、都内で、「インパクミーティング2001」が開催された。12月末日の閉会を前に、「インパクを総括する」ものであったが、数多くの反省の声が聞かれたミーティングであった。
主催者の政府関係者、インパク編集長からは、以下のような発言が出された。
- 藤岡文七、内閣総理大臣官房新千年紀記念推進室長: 「国がやるということが1つの致命的な欠陥であって、それは堺屋長官もわかっていた。国がやると、不偏不党とか、中立性とか、変なものが入っちゃいかんというような意味での制約がある中でスタートしたのであって、なぜそうなったかというと、ドッグイヤーなので、とにかく早くやらないといけなかった。出来ることと出来ないことはいっぱいあったが、このインパクというのは今一歩なんだなぁと、今は評価できる。しかし、スタートする時は、これは、うーん、どこまで出来るかなぁということで、ここまで来るとは思わなかった。」
- 糸井重里インパク編集長: 「今の11月の段階で、こういう形ではなく、もっとふざけたものを予想していました。いらないもの、どうでもいいことへの情熱を、インターネットで自由に表現するような、例えば、下手なアーチストだらけのインターネット博覧会というのが、僕の想像の中に漠然とありました。今、こんなんじゃダメだよなと思いつつ終わるんですが、ダメじゃないもの、足りないものが見えたという点では素晴らしかった。」
- 荒俣宏インパク編集長: 「個人が主役にならない、iモードに対応しない、ピンク系コンテンツがないなどで、委員の方々が抜けたりもしましたが…。(笑) インパクでは、まず、一般の人に、インターネットの気持ち悪さを実感してもらうことが大事だと。あと、今のインターネットはマニアがやっていますから、インターネットがいかに使いにくいということを、一般の人に体験してもらった。まず、使いにくいということを声としてあげられることが一番重要ではないか。いってみれば、人体実験であり、生体実験である。その生体実験を一年間続けてみてわかったことは、生体実験であろうがなかろうが、いっしょにやった連中は、やはり戦友じゃないですか。やっぱり連帯感を生むんですね。この連帯感が次の日本のインターネットの社会の第一歩か、あるいは、最初の声となっていく、そういう実感があります。」
主催者、パビリオン設営者は、いろいろなインパクの問題点を指摘しつつも、インターネットを使い始めて、あるいは、ウエブサイトを立ち上げてみて、いろいろ成果があったと語っている。しかし、それらはインターネットを本格的に使い始めた、あるいは、発信者となった成果であって、それらの中で、インパクの純粋な成果だけを挙げてみると、以下のようなものしかなかったように思う。
- 今以上に怪しい存在であったインターネットを、国が推進すべきものとして表現したことで、インターネットへの国民の意識の変化に貢献した。
- 健全で良質な内容を提供するという意味で、「インターネット版教科書」の役割を果たした。
- インパク参加をきっかけに、インターネットを使うようになったり、ウエブサイトを立ち上げるようになった。
- インパクに参加する中で、パビリオン設営者である地方自治体、企業、個人のコンテンツのレベルが向上した。
- 国や地方自治体の考えが柔らかくなった。
- 国や地方自治体の役人への対応のコツがわかった。
これらの成果のうち、一番最初の成果は、インパクの成果だと言ってしまうにはかなり無理がある。二番目の成果は、「インターネット版教科書」を望んでいる人が果たしてどれくらいいるのか、現段階ではわからないので評価しようがない。三番目・四番目の成果は、Yahoo!
とか日経などが主催するウエブサイトコンテストでも、少なからず同様の成果を挙げられるかと思う。
たとえ、こういった成果を仮にインパクが生み出したとして、また、それらに加えて、数多くの失敗から貴重な教訓が得られたとしても、それらに対して、113億円をつぎ込んだのは、かなり無駄な公共投資であったとしか言い様がない。確か、インパクの開催により、1兆円程度の経済波及効果と、国民のあらゆる層のIT化を推進するという目標が掲げられていたと思うが、そのあたり、どれくらい達成できたのか、そこが一納税者としては知りたいところなのであるが…。
そもそも、インパクという「博覧会」、あるいは、インパクという「フレームワーク」は、果たして必要だったのだろうか?
ネットユーザーの視点に立つと、たいていの場合、各々のサイトあるいはページに関心があるのであって、サイトの「集合体」や、サイト群の「くくり」に関心があるというケースは稀ではないかと思う。もちろん、その集合体に、なにか共通のテーマや関連性がある場合、それはそれで、その集合体内部を巡回していくという見方もするが、インパクの場合、そもそも、明確で具体的な共通テーマがなく、また、テーマがあったとしても月ごとに変わっていくので、あまり、インパクに行く動機が起こらないというか…。
その点、漠然とサイトを巡回するインターネット初心者にとって、こういった安心できるサイト群というのは存在意義があるのかもしれない。しかし、それらサイトが、「博覧会」のパビリオン群である必要性はないかと思うのだが。インターネット入門書じゃ、普通、Yahoo!
のようなポータルにアクセスして、自分の興味のある分野のサイトを見て、インターネットの楽しみを覚えていくというプロセスを取るのだし、いったい、「博覧会」のくくりは、何のため、誰のためにあるのか、よくわからない。
あと、リアルの「博覧会」のパビリオンは、家族や友人や恋人同士などで、みんなで共通の体験を楽しむということも出来るが、いくら20インチクラスのパソコンモニターを使っても、オンラインパビリオンサイトの文字やフラッシュや動画を、家族や友人や恋人みんなで楽しむっていうことは、現段階では非常に難しいのではないか? 現段階でのウエブサイト閲覧は、まだまだ、パーソナルな行為というのが現実であり、インパクを家族みんなでといった、現実とかなり乖離したCMを流したりするのは、かなり理解に苦しむところがあった。
などと、インターネットを「博覧会」としてネットユーザー、あるいは、これからネットユーザーになる国民に提示したことに関して、当初から、ネガティブな感想しか持っていなかったのだが、今回、主催者やインパク編集者側から、以下のような意見を聞くことになったのには、かなり驚いた。
糸井重里インパク編集長: 「博覧会の模型を頭に入れながら最初スタートしたのを、違うって思ってから、インパクはずいぶん楽になった。軽くすることで、大きく、早くすることが大事。」
荒俣宏インパク編集長: 「博覧会は、工業製品を売り込むためのものであり、第二次大戦の前に役割を終えている。」
浜野保樹東京大学助教授: 「糸井さんも、荒俣さんもおっしゃったように、万博を真似したんだけど、万博じゃないんじゃないっていうのが分かったというのは、すごい見識といいますかね。そこが分かっただけでも、何か新しい展望が開けるんじゃないか。たぶん、古い万博のスタイルを継承する間は、きっと、そう成長しないんじゃないかと思います。」
しかし、インターネット博覧会から「博覧会」のコンセプトを除くと、それは、インターネットそのものであり、つまり、インパクの存在意義を否定してしまうのですが…。
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