| PUB | 2002年1月4日 00:00 |
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「もみ消し」とも言うべき、インパクの終わり方 著者: japan.internet.com 田中秀東 ▼2002年1月4日 00:00 付の記事 □国内internet.com発の記事 インターネット博覧会(通称:インパク)が1年の会期を終え、2001年12月31日で終了した。終了後のインパクゲートには、「インパク宣言〜信頼に足る未来社会への胎動として〜」と、参加パビリオンのリストが残されただけで、その他の独自コンテンツは跡形もなく消滅した。
インパク参加パビリオンの中には、継続して更新を行うところや、別のサイトにコンテンツを移すところもあり、参加パビリオンのコンテンツ全てが消えた訳ではない。しかし、インパクが企画した各種イベントの模様、インパクに対する読者の声、相当数の個人、企業、地方自治体がコンテンツの作成に苦労したという軌跡などは跡形もなく消えてしまった。パビリオンそのものよりも、これらのゲートコンテンツこそが、インパクならではのコンテンツであったのに…。 昨年12月のインパクは、「インパク卒業」イベントが続いた。コンテンツ作成者や運営者、そして、インパクという政府主催のオンラインイベントを仕切った編集者が、インパクの評価や反省を多角的に行い、彼らの「生の声」が連日掲載された。身内での盛り上がりという見方も出来なくはないが、それでも、様々な立場やレベルのコンテンツクリエイター達が、いろいろな意見を交わす場は、インパクならではのユニークな企画であったと言えるだろう。 彼らの声を拾い、彼らの声を広く共有し、記憶にとどめ、それを活かしていくことは、優秀なコンテンツクリエイターを育成するというインパクの目的の1つに適ったものである。インパクが国民の間で人気が無かった以上、コンテンツクリエイター達が実際に直面した感動や苦労の声こそが、インパク最大の資産であり、それを足がかりとして、コンテンツクリエイターと政府は、日本でのコンテンツ作成において、何が障害で、何が足りないかを、これから考えていくことが出来る。 ところが、インパクゲートに残されたものは、コンテンツクリエイター達の生の声でもなく、かといって、政府関係者の声でもなさそうな、主人公不在の「インパク宣言」であった。 「インパク宣言〜信頼に足る未来社会への胎動として〜」 2001年 政府主催 新千年紀記念行事「インターネット博覧会」に、私たちは賛同し、参加しました。 そしてこの場で、これまでの時代になかったような便利さ、おもしろさ、楽しさの拡大を予感するとともに、乗り越えねばならない戸惑いや問題をも、多数実感しました。 始まったばかりのIT新時代をよりよいものにするため、インパクの送り手として「インターネット博覧会」に関わった私たちひとりひとりの声を集め、私たちはこの体験を宣言にまとめて次世代に伝えます。 1. 垣根をこえて、ともにつながろう。
2. お年よりにも子供にも簡単に使え、楽しく便利なインターネットを築こう。
3. 受け取るだけでなく、はたらきかけよう。
4. 個人を魅力的にしよう。
5. だれとでも競いあい、分かちあおう。
6. だれかを幸せにし、じぶんも幸せになろう。
7. インパク活動を続けよう。
この7項目が、インパク参加者の知性の結晶だとしたら、あまりに「貧弱」すぎる…。インパクの現実を直視せず、責任の所在もはっきりさせず、今後の具体的方策もなく、「〜しよう」と、他力本願の理想主義で締めくくるという幕引きの言葉よりも、むしろ、前文に書いてある、「これまでの時代になかったような便利さ、おもしろさ、楽しさ」とか、「乗り越えねばならない戸惑いや問題」が何であったのかを広く国民に知らしめるべきであって、また、それらを、アーカイブとして残しておくべきだと思うのだか。失敗した経験を「もみ消す」のではなく、それをありのままに提示し、貴重な「負の遺産」として共有するというのが、100億円以上の税金を投じたインパクにかかわった人々の納税者に対する責務である。 インパクを徹底的に検証していき、そこから教訓を得て、それらをコンテンツ作りや、政府のIT政策の策定に活かすのであれば、第7番目の「インパク活動を続けよう」というのは賛成できる。しかし、「世の中をより楽しく、個人をより魅力的にするために集合的なポータルサイトを設けたインパクのモデル」(言うまでもなく、それはインパク独自のモデルでもなんでもないのだが)を続けるのであれば、「次」は考えない方が良いであろう。 |
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