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巨大スタジアムは負の遺産なのか〜日本版PPPの推進モデル施設に〜この時期、何か気の抜けたような感覚に陥っている諸氏が多いのではないだろうか。筆者もまさにその1人であるが、1ヶ月間の熱狂の宴のあとの空白感は、梅雨の蒸し暑さとともに精神的・肉体的な倦怠感を増幅させている。 予想通りと言うべきか、NHKや読売新聞などで、W杯開催都市のスタジアムが自治体にとって大きな財政負担となり後世に「負の遺産」として残る危惧がある旨の特集報道がなされている。年間数億円の運営赤字と巨額の建設費の償還費用をもって、巨大スタジアムが自治体にとって負の遺産となるとの主旨である。
このような大規模サッカースタジアムは、当該自治体にとって、市民にとって本当に負の遺産なのだろうか。 筆者は、そうは考えない。 ここでは、「サッカースタジアムを取り巻く負の遺産」について考えたいと思う。 筆者はJapan Research Review 96年7月号に、「ポスト2002のサッカースタジアム整備・運営」という拙稿を寄せている。W杯後の遺産〜レガシー〜としてのサッカースタジアムのあり方について、当時100社を超える民間企業、自治体等との研究会での研究成果を踏まえ、「ポスト2002を見据えたとき、『行政と教育の現場、民間企業が連携した運営組織体制の確立と民活による複合機能整備』のもと、スポーツ・健康・福祉・コミュニティ等の複合的な住民サービスの拠点として、スタジアムが整備・運営されることが望まれる。」と結んでいる。従来の公園施設としての管理運営発想からの脱却と民間経営ノウハウの導入がその主旨であった。 ■スタジアム整備段階での「負の遺産」 筆者もベッカムの活躍するプレミアリーグ(イングランド)の試合をスタンド最前列で観戦した経験があるが、勿論専用スタジアムで、まさに目の前で選手達が骨と骨をぶつけあい(がちがちと音が聞こえる)、スパイクで芝土を跳ね上げ駆け抜ける時の風を感じることが出来る。イギリスではこれが市民のカタルシスに繋がっていると思う。陸上競技場併設型ではこうはいかない。 このように、「多目的性の追求」は「本来価値の喪失」に繋がり、行政として目的を絞り込めないことの言い訳づくりとの謗りを免れない。これはスタジアムに限らず、文化ホール等にも共通である。このような発想こそ、「負の遺産」として償却し終えるべきであろう。
■W杯・レガシーとして未来に引き継ぐために 〜日本型PPPの拠点へ〜 FIFA(国際サッカー連盟)のW杯開催のためのべニュー(諸施設)としてのスタジアムの整備指針をクリアしたスタジアムは、その指針の特殊性(世界中の延べ400億人がテレビ観戦することを前提としたマスコミ対応設備を具備することやスタンドの2/3を屋根で覆うこと等)ゆえ、通常利用時には無用の長物となるものも少なくない。第一に通常のJリーグの試合ではなかなか埋まることはないであろう4万席もの観客席を有しているのであるから。 このようなW杯仕様の過剰な投資については、次のように既に回収されたと理解しよう。 そして今後は、先に述べたようなスタジアムを取り巻く「負の遺産」についてこそ、市民が声を大にして議論する必要があると思う。(スタジアムが負の遺産であるという意識では何も前進しないのである。) スポーツを通じてのコミュニティの再生や高齢化社会における健康づくりなど、スタジアムやそこで開催されるJリーグ(勿論下部組織も含めて)などの持つ意義は実は非常に大きい。文部科学省では、地域総合型スポーツクラブの普及に尽力している。 市民ばかりではない。施設の管理運営を民間企業が行う神戸ウイングスタジアムのようなPFI的事例も生まれている。 このように考えると、巨大スタジアムを未来に引き継ぐ道筋が見えてくるであろう。 その道筋とは、「日本型PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)」である。 日本型PPPの特徴のひとつは「『新しい公益』の多元的な提供の考え方の構築」すなわち「新たな市民社会の構築」が包含されていることであり、NPO等を新たな経済セクターとして位置付け、これらに目配りをしている点であると筆者は考える。 筆者は、W杯で整備された巨大スタジアムこそ「規制改革特別施設」とし、日本型PPP推進のための拠点施設としてはどうかと考えている。 実は、筆者の6年前の拙稿はこのようなPPPの考え方に他ならない。この道筋でスタジアムの管理運営を変えていくことが出来れば、誰も「負の遺産」とは言わないであろう。 © 日本総合研究所
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