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事業仕分けによる次世代スーパーコンピューターの開発予算削減について、どうお考えですか?
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IT は ICT ――「コミュニケーション」の不在
1. データと情報の混乱
日本でITと呼ばれているものは、国際的には(世銀でも、国連やOECDでも)ICT:Information and Communication(s) Technology という用語が使われている。 Information の語義は in+form(ate) であって、内的+構造の形成、すなわち、ものごとを人に伝えることだ。何を伝えるかによって、理解や学習、誤解や曲解、共感や更なる情報要求を生じたりする。かたわら Communication という言葉は、「共有」を意味するラテン語に由来する。原義は community(共同の砦)の存続と発展を目的として、その成員が感情や意志、知識、思想を交流させること、である。 この二つの用語は微妙に重なり合っている。実はこの混乱は、コンピュータ技術の黎明期、シャノンやウィーナーなどの名だたる先達が展開した情報理論や情報科学なる言葉に引きずられ、「デジタル化されたデータ」と「情報」をあいまいなまま使った時から発生している。つまり、コンピュータの単なるデータ編集や加工の技術をも Information 技術と呼んだことが問題の始まりだとされる。 データとは、実世界で生起する事象(の断片)を伝達したり保存したりするために、記号化して整序したものだ。これとは明らかに違って、データの連鎖や集合のうち、ある個人なりグループなり共同体なりにとって特別な意味を持つものが「情報」である。 日本でIT理念の混乱に輪をかけたのは、Information に「情報」という訳語を当てたことだ。万葉集にある「情」とは「こころ」で、本来情報とは「こころを報ずる」ことだ。この言葉が日本で使われたのは日露戦争時の旧陸軍が「情報将校」と呼んだ、敵の心構えを測る「諜報:intelligence」の意味だったそうだ。諜報は、他人に知られたくないプライベート情報や秘密情報など、隠すことに価値を見出す類のもので、情報とは異なる。 日本でも総務省が「高齢者・障害者による ICT 活用の推進に関する研究会」を立ち上げたが、ITでも ICT でも、Information と Communication の区分はあいまいなままなのだ。 「コミュニティ(共同体)の中でシグナルを伝えることによって、そのシグナル(が意味するもの=情報)を相手と共有する」――これがコミュニケーションというものだ。だから、必ずしも言葉やデータは必要ない。合図でも、無視でも足りる。つまり、コミュニティの結束を緊密にするものならば、何であってもコミュニケーションだと言ってよい。 2. コミュニケーションのあり方 共同体の規模が大きくなり、成員の利害関係が複雑になると、情報の必要性が増してくる。断片的な情報を各人の視点で発信し、あるいは持ち寄って議論し、情報としての交換や検討、分析や再解釈を行って、共同体としての知識や思想、政策、さらに行動様式や信念を作り出していく。このすべての過程でコミュニケーションが行われる。コミュニケーションが情報を選別し、必要に応じて洗練したり、深化させたりする。 しかし、かって外部からの侵略と内部の抗争から身を守ってくれた共同体が形骸化し、個人を保護しかねる状況になってきた。社会のグローバル化が進展したことによる。共同体への帰属意識の希薄化と喪失が、特定の共同体に強く依存しない日本のマス(大衆)を生み出した。強烈な一体感を得られない共同体では、身命をかけて共同体を維持しようというインセンティブは乏しい。 日本のマスコミ、あるいはマスメディア業界が率先して主張する「より多くの情報をより早く流し続けるのが良いコミュニケーションである」というわけがない。帰属意識の薄い国民を、社会総出で「コミュニケーションという名の詐称」で押し流しているのだ。この詐称は、判断停止という懐疑主義の罠をしかける。何が良く、何が悪いかはまず行動があって明らかになるもので、判断停止の状態からは(通常は)何も生まれない。 マスの視点から見れば、現代は「情報化社会」ではなく「(情報もどきの)データ氾濫社会」というわけだ。しかしながら、希望はある。マスメディアに対するマスの冷めた眼差しと、インターネットによるIT思考への慣れだ。 IT(ICT)は本来、コンピューティグとコンテンツ、及びそれを仲介するコミュニケーションの三者で構成されるべきものである。知識を貯え、伝達するためには、関係者の共同体意識と高度なコミュニケーション能力が必要とされる。相手の立場への思いやりや共感的理解が重要になってくる。ITが浸透する時、マス思考のままでいることは難しいのだ。 これまでは、知識や情報の検索は困難で、それを持っているだけで優位を保てた。情報の偏在とか非対称性と呼ばれる状況である。しかしインターネット上では、そうした知識と情報を持って他者とどう関わるかで真価が問われる。誰かがそれらを、意図とは異なる形でいつ発信するかも知れないからだ。 e-Japan IT戦略会議のいう「ITの利活用を推進する」行動は、ICT の「communication」に相当するものである。コミュニケーションの出発点は他者が他者であることを認めることからはじまる。推進のための官民協力とは、一方向に流れるものではなく「共に学び、共に支え、共に創造する」ものでなくてはならない。 関連記事 最新トップニュース
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