ソフトウェア特許は進歩を妨げる今回はソフトウェア特許の話をしよう。
前回の最後で、 オープンソース的な考え方がアートにまで広がった、という話をした。 ソフトウェアの知的財産権というと、 著作権と特許権(パテント)の2つがあげられるだろうが、 近代の一般的な権利におけるもっとも本質的な点からソフトウェアの権利について考えてみたい。 これまでの文化や創造物の中でソフトウェアと似たものがあるとすれば、 それはアートだ。 ところが、 アートの世界には特許権はない。 あるのは著作権だけだ。 ピカソの絵を誰かが模倣して描いたとしても、 それは単なる贋作にすぎない。 ピカソ本人の描いた絵がオリジナルだということは誰もが知っている。 ピカソ以上の絵ができあがったとしたら、 それはそれでオリジナリティを持つのである。 そのようにして、優れたものだけが残っていく。 オープンソースの話は、 ピカソとその贋作の話に似ている。 オープンソースの開発者が常に言っていることだが、 オリジネータが一番強いのである。 「模倣似してもいい、 自分より優れたものを作るのはかまわない」という考え方や態度が根底にあるから、 オープンにできるのである。 模倣された結果、 もっといいものができあがったらそれを受け入れてしまう。 そのようにして、Alan Cox が書いたような優れたソフトウェアは語り継がれて、 残っていくのであるが、 いくら彼のコードを真似しても、彼と並ぶためにはそれ以上の評価を得なければならない。 だから、 アートが特許の対象になりにくいのと同様に、 ソフトウェアもまた特許の対象物ではないのではないか、 という議論になる。 プロプライエトリなものを仮にオープンソースにした場合、 自然に淘汰されると思う。 もちろん残るものもあるだろうが、 大多数は特許のような制度で保護されたまがいものである可能性もある。 Software Freedom Law Center(SFLC)所長の Eben Moglen 氏は、 法律の有効性も研究しているが、 法律それ自体の検証も行っている。 Moglen 氏自身はGPL の改訂作業など、 ルール自体を作る立場でもあるので、 法律自体に妥当性があるかどうかまで考えざるを得なかった。 検証の結果、特許はソフトウェアには向いていないという結論に達した。 GPL に特許という考え方は必要ない、 著作権で十分カバーされると考えたのだ。 ソフトウェア特許が無用のものである、という考え方が正しいかどうかは、 歴史が決めることだが、 現に欧州議会はこれを圧倒的多数で否決したではないか。 ヨーロッパではドイツ政府などの官公庁をはじめ、 さまざまな分野でオープンソースを使い始めているが、 そういうユーザーがソフトウェア特許に対して危機感を抱いたのだろう。 Moglen 氏は、 ソフトウェア特許という考え方自体が、 明日ではないが、 50年100年先にはなくなるはずだ、と言う。 欧州議会の動きからも、50年後にはソフトウェア特許はなくなる、 という Moglen 氏の主張が現実味を帯びてくる。 すでにその兆しがここにあるからだ。 そもそも、 ソフトウェア特許という考え方ができて以来、 大して時間はたっていないのだ。 おそらく50年くらいだろう。 それまでハードウェアにバンドルされていたのが、 ソフトウェア単独で商品として販売されるようになり、 その権利を守るために特許制度を採用したのがそもそもの始まりだろう。 現在、オープンソース側から、 ソフトウェア特許は本当に正しいのか、という話が出始めてきて、 プロプライエトリな人たちは権利を守ると言う意味で、 ソフトウェア特許を擁護しているが、 ソフトウェア特許は非常に問題をはらんでいるように思われる。 たとえば Windows の共有ファイルサーバーソフトウェア Samba だが、 導入しやすい機能を備えており、 ユーザーからも多く高い評価を得て、かなり普及した。 ところが最近になってある企業が、 Samba が自社の特許に違反している可能性がある、と主張しだした。 事実その企業は特許を所有しているのだが、 特許の詳細を明らかにしないまま、 Samba を販売している企業に圧力をかけたのだ。 圧力をかけられたほうは、 特許に違反していると言われ、 怖くなって誰にも相談しないまま特許料を払ってしまった。 だが、実際に中身を見てみると、 確かに特許はあるが、それに違反していないというのが SFLC の見解だ。 特許法と言うのがもともとソフトウエアを対象として考えられたものでないから、 そういうことが起きる。問題のある法律がこの先も永遠に続くとは考えにくい。 ソフトウェア特許の問題としてもうひとつ、 「サブマリン特許」というのがある。 米国では特許が成立するまで出願内容が公開されない。 すでに陳腐化した技術が長い潜伏期間の後ある日突然成立し、 権利が主張され始める。 そこで奇妙な事態が発生する。 出願から成立までの潜伏期間が長期にわたるものが多いので、 サブマリン特許と呼ばれるが、 実に成立まで38年かかったものもある。 日本の企業はもちろん、 先ほど Samba で特許権の侵害を主張した例の企業も被害にあっている。 オープンソースでは著作権より特許が怖い。 結局特許は企業の利益を守るためにあるのであり、 その考え方は悪くないのだが、 ソフトウェアに関してそういう守り方をするのはどうだろうか。 著作権と特許権がどこが違うかと言うと、 特許と言うのは最初から金が絡んでいる。 特許を申請する理由は特許使用料をとれるからだ。 著作権はそうではなく、出処と名誉の問題である。 作成者のオリジナリティを守るのであれば、 特許権でなく著作権のほうだろう。 さまざまなソフトウェアがあってそれらが複雑に絡み合っているのがソフトウェア界の現状だが、 ある部分だけ特許で覆われてしまいそこだけブラックボックスになると非常に窮屈になり、使用できなくなる。 その結果、ソフトウェアの発展が阻害されてしまう。 だから、ソフトウェア特許はよくないというのが、 ソフトウェア特許反対派の大勢の意見だ。 ソフトウェア特許賛成派のかたがたはどう考えているのだろうか。 ぜひ知りたいものだ。 記事提供:OSDL(Open Source Development Labs)米国・日本 関連記事 最新トップニュース
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